20年前のパチ屋の、年末年始の休憩室はカオス-お食事中の方は閲覧注意

毎度ですが、年明けから組合関連の堅い記事ばかり公開しているので、今日はお正月にまつわるちょっとした昔話をさせて頂こうかと思います。

 

クレイジーな休憩室風景

時は2000年代初頭、関東南部の某所、当時の楽太郎の勤務店舗では、クリスマス前後から年始の10日間くらいは、お店の休憩室は宝の山でした。

 

お店に届いたお歳暮類や、店長が持って来た金券(ビール券、図書券)、酒類、こういったものが役職者から振る舞われたり、「欲しい人は持って行っていいぞ」的に沢山置いてあったからです。

 

競争率が高いものは、缶ビール/瓶ビール、日本酒、焼酎、ウィスキー、お歳暮の高級品(カラスミなど)であり、これらはリストのところに記名して、後ほどジャンケンで決める、という方式でした。

 

また当時は、繁忙期精勤手当て的なものが現金でもらえましたので、こういったものも合わせれば12~1月は稼ぎの面でも物品の面でもウハウハであり、公休なんかとっていられないという感じでした。

 

なので、スタッフの中には3週間くらい連続出勤したり、早番遅番通し勤務したりと、かなり無茶な働き方をしている者も居て、休憩時間はそういうスタッフの休憩がカチあった場合には休憩室の床は段ボールを敷いて寝ている者が並んでいて■体安置所みたいになっていました。

 

また、本来はこういう事をお話ししてはいけないのでしょうが、賭け事に興ずる者も多い時期でした。

 

手元に適当に現金がある時期だからでしょうが、スタッフ間で競馬、駅伝、プロレスの試合結果などを賭けたりしていて、それは後々、総合格闘技イベントが増えてエスカレートし、この楽太郎も社内の20名くらいがBETしたK1だったかPRIDEだったかのトーナメント結果が単独で当たり、数万円総取りした事もありました。

 

また、別件では、賭け将棋/オセロをやっている先輩スタッフもかなり居ました。

 

そういう連中は同じタイミングで休憩に入れるように仕組んで勤務中に勝負がつくようにしている訳ですが、「触るな!」と書いてあって風呂敷のカバーがかけられている遊技盤に気づかずにぶつかってしまって、一進一退の戦局だったらしい駒配置がぐちゃぐちゃになってしまいキレた先輩から暴行されてやり返して…といった具合に、スタッフ同士で喧嘩になったりしている実にアホ臭い場面もありました。

 

【お断り】

※どれに関しても、若い読者の皆さん(特にパチ屋勤務中の方)は、絶対に真似してはいけません。

 

※賭け事云々に関しては特に、ひと昔前と現在とでは事の重大さの認識が違うので、若い読者の皆さんは絶対に真似してはいけません。

職場の人間関係の悪化を招く可能性も非常に高いです。

 

酒!

そんなこんなで、今と比べれば格段にカオスなパチ屋の休憩室風景ではありますが、私くらいの世代ですとおそらく、お正月の振る舞い酒が世間的にも許容されていた最後の世代であります。

 

エントランスに樽酒が置いてあって、そこに法被を着た女性スタッフがコップを片手に「一杯いかがですか~、ついでに遊んでいってくださ~い」みたいな感じで呼び込みをしているお店もあれば、全くの無人で各自勝手に升に酒をついで持って行って良し、そのまま遊技していても見て見ぬ振り、みたいなお店も沢山ありました。

 

当然、こういうのは本来はパチ屋の営業においては条例違反な訳ですが、エリアによってバラつきはあるでしょうがおそらく1996~1998年くらいまでは振る舞い酒文化は残っていたものと記憶しています。

 

少なくとも、一部の立派なチェーン店舗以外の昔ながらのパチ屋であれば、お正月期間においてはスタッフが飲酒して勤務する事も許容されていました。

 

私の勤務店舗に関しては、先輩社員から聞いた限りですと、和歌山県の毒入りカレー事件(1998年)のあたりからエリア内で飲食物提供時には衛生面配慮なりリスク回避の観点からこうした提供物全般は面倒だからやめようみたいな流れで続々と廃止されていったとの事で、私が入社した時にはもう、客先に鏡割りした酒樽を置いて、という場面は見掛けませんでした。

 

その代わり、休憩室に関しては、あくまでも飲みたいスタッフは、ですが、「三が日の(適度な)飲酒OK」という暗黙の了解的な慣習がありました。

 

そういった意味では、所詮は昔ながらの中小店舗であり、周囲にちらほらと出来始めたホテル並みの接客を謳うチェーン店舗や、パチ屋というよりはアミューズメント施設的な趣を前面に出した洒落た造りのホールとは一線を画したお店だったように思います。

 

時効だと思うので…

そんなこんなで、お正月はちょっとアルコールが入って巡回しているスタッフも居た訳ですが、ひとりアホな先輩が居て、色々とやらかしてしまった思い出をお話ししたいと思います。

 

当時を知る者はもう社内には私しか居ませんし、具体的に紹介しても身元バレの心配もないかと思いますので。

 

前述の通り、暗黙の了解的に三が日の飲酒がOkだった当時、社内の年末のお歳暮でもらった日本酒を「こうすると、旨味がハネ上がる」と豪語して休憩室の冷凍庫に入れておき、食事休憩~15分休憩~15分休憩のたびに飲んでいた先輩スタッフが居ました。

 

その日本酒とは

yoshinogawa

これです。

 

実際のラベルデザインは違っていると思いますが、大体はこんな感じのやつでした。

 

当時の私には、日本酒を冷凍庫に入れるという文化がなかったので、まずそれに驚いた訳ですが、その本人曰く「20~30分入れておくと、いい感じにトロトロになって旨い」との事でした。

 

なので、彼は同僚に頼んで、自分が休憩に入るタイミングに合わせて冷凍庫に入れてもらい、休憩中に飲んで、という必勝パターンを三が日ずっと繰り返していたのでした。

 

風邪薬を吉乃川で飲む!

まあ、お店的にNGな訳ではないので、それはそれで良いのですが、彼はお金欲しさの連続勤務が祟ったのか、夜通し同僚と桃太郎電鉄で遊んでいて寝不足が原因だったのかは分かりませんが、ちょっと具合が悪いという事でした。

 

休憩室には常備薬があり、当然風邪薬もありますが、結論から言うと彼はそれを

 

「正月だから、俺はこの薬を極上吉乃川で飲む!」

 

と訳の分からない間違ったワイルドさをPRしつつ、私も含めて制止しようとする周囲の声を無視してグビリとひと飲みにしたのでした。

 

すると…

 

医学的に根拠があるのかどうかは分かりませんが(詳しい方がいらっしゃれば、この機会に教えて下さい)、ものの数分も経たない内に、彼は目がトロンとしてきて、足腰が立たなくなりました。

 

これは、ヤバいんじゃないの!?

 

一瞬周囲はザワつきましたが、当の本人は「ひと眠りする」と宣言して床で寝てしまったのです。

 

一応、寝息は聞こえますし、インカムを聞いている限り休憩後は巡回に復帰したようなので、ホッとしていたのですが、どうやらやはり具合が悪いようです。

 

巡回していられず、早退するのかなと思っていたら、自ら志願して街頭でのティッシュ配布に行くとの事でした。

 

理由は「気持ちが悪くなったら、すぐにゲロ吐けるからちょうどいいだろ!」、「ゲロったら、配布用のティッシュで口元を拭けるから一石二鳥(?)」との事。。。

 

本当に、どうしようもない人です。

 

迎えに行くと…

ティッシュ配布に出掛けて時間が経ち、休憩回しだったか早番退勤時間だったかは忘れましたが、予定の時間になっても彼が店に戻って来ないという事で、私が迎えに行く事になりました。

 

しかし、店舗の角にも大通りにもその姿は見えず、一体どこに行ったんだと周辺を捜索しましたが見当たりません。

 

すると、店舗の裏手の非常階段のところに違和感を覚えます。

 

視線の先、踊り場に力なく座りこんでいるのが彼でした。

 

そして、階段の一段一段には、彼が放出したゲロが点々としており、それを「やったぜ!ご馳走だ~!」と寄って来てクルッポウ!クルッポウ!と美味しく頂いているハトが数羽。

 

何とも異様な光景です。

 

声掛けにまともに応答できないくらい弱ったゲロまみれの彼を担ぎ、自らも制服にそれを被弾しつつお店に戻った楽太郎。

 

お正月と言うと、どうしてもこの事を思い出してしまうのが悲しいところですが、今回こうしてお話しする機会を作れて、私としてはようやく解き放たれたというか、不思議な満足感でいっぱいです。

 

汚い話を聞かされた読者の皆さんとしては、あまり良い気分ではないでしょうが・・・

 

 

今回は、これくらいにしておこうかと思います。

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[記事公開]

2017年1月5日

15 comments on “20年前のパチ屋の、年末年始の休憩室はカオス-お食事中の方は閲覧注意

  1. Pingback: 20年前のパチ屋の、年末年始の休憩室はカオス-お食事中の方は閲覧注意 | パチパチスロスロあんてな

  2. ねこたろう

    振る舞い酒ありましたね。
    従業員も遊戯してる人達もみな酒くさかった。
    従業員がホール内で喫煙もしていましたし。それが普通だと思っていました。
    素晴らしい時代でした。

    Reply
    1. 楽太郎 Post author

      ねこたろう さん
      当たり前の基準というか感覚が変わったのでしょうね。
      私自身も、それがパチ屋だろ、くらいの認識でしたし。

      Reply
  3. 匿名

    従業員が店内で喫煙ですか?^^;
    流石にそれは見た事無いですが何年位前の話ですか??

    Reply
    1. ねこたろう

      私が覚えている限りでは、都内某所にて1995年頃までみかけましたよ。他の地域ではそれ以降も暫くの間はあったかもしれませんね。

      楽太郎さんと私は同世代なので、楽太郎さんの昔話は1990~2000年頃のパチンコ屋あるあるで、読んでいてとても感慨深いです。

      Reply
      1. 楽太郎 Post author

        ねこたろう さん
        神奈川県、埼玉県、都内に関して言えば、90年代初期でもまだ、かなり昔堅気のパチ屋が沢山ありましたからね。
        2000年代初頭だと、一気に減った感じです。
        となると、やはり変化が起こったのは90年代中盤からの数年間という事になるかと思います。

        Reply
  4. ゴンザレス

    長期連続勤務で、寝不足で、風邪気味で、そんな状態で風邪薬を日本酒で飲む、と・・・アホですか。嘔吐物が喉に詰まる前に見付かって良かった良かった。

    しかし、まぁ、学生がマッチ棒をかけてポーカーすることもありますし、バレなきゃ大丈夫大丈夫。公務員的にも「図書券なら大丈夫」という事件もあったような・・・

    Reply
  5. 匿名

    酒と薬を飲むのはダメなんだよなあ
    なぜかというと酒を分解するのと薬を分解するのは肝臓の中で似た酵素が使われているから
    酒も薬も基本的に毒なので体内では積極的に分解するのだが、そのときに機能を薬やアルコールに奪われて両方が効きすぎたりする
    アルコールが効きすぎて急性アルコール中毒になったり、薬が効きすぎたりする
    立てないのはアルコールが脳に作用して中枢神経が麻痺状態に陥るため死ぬ危険性がある
    薬だって分解されるのを考慮に入れてあるのでダブルで効いておかしくなります
    けもフレのアライさんかわいい

    Reply
    1. 楽太郎 Post author

      匿名 さん
      なるほど、グニャングニャンのダルンダルンになっていたのも頷けますね。
      苦しいのが麻痺して、一時的にはいい感じに思えるんでしょうか。
      どうしようもない人だったので、その後も同じようにしている可能性はあります。
      となると、もうすでにこの世には居ないかも・・・

      Reply
  6. japankankou

    はじめて来ました。面白いblogててすね。タメになります。
    むかしのパチ屋はもっとおおらかだった気がしますね。酒もたばこも賭事もほどほどにしないとタイヘンな目にあいますね、、、笑

    Reply
    1. 楽太郎 Post author

      japankankou さん
      運営している本人には、面白いのか参考になるのかも分かりませんが、今後も宜しくどうぞm(_)m

      Reply
  7. との

    横浜市内のパチンコ屋さんでは、パンチパーマの店員さんが、タバコ吸いながら鍵の束ジャラジャラさせてダルそうに店内徘徊(巡回笑)してましたね。データ機器も回転数表示も無かったし、B物打つ時は、打ってる人が何回サンドに千円入れたかで大体の回転数を頭で計算したり。今と昔では、同じパチンコ屋さんでもその性質は別物でした笑

    Reply
    1. 楽太郎 Post author

      との さん
      横浜界隈では、90年代中盤でもまだデータランプがなくて、大当たり回数を紙で貼り替えていたお店もありましたからね。
      ホール内のマナーも客層も良くなかったので、複数台掛け持ちなんかも多くて、初見のお店には入りにくかったりしましたね。

      Reply

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